Art Reportーアート鑑賞録ー

美術館・博物館・ギャラリーでの展示鑑賞録。

「まる」のその先に何か見つかりましたか?

「まる」を見てきました。
ものづくりに迷っている人は心の持ち様のヒントになるかもしれないしならないかもしれないし、
すでに作ることでしか救われない、作ることでしか解決しないと知っている人は
作ることに疲れた時に見るといいのかなぁ。しかし世間は怖い…。
 
主人公沢田は、終始、覇気のない目なのに感情が動くときは
最小の表情表現で喜怒哀楽がわかる。剛くんの演技すごい。
それがあるから最後のほうの泣きの演技が効いていた。
 
今回、堂本剛くんへの当て書きなので
彼のこれまでを知っている(私も含めた)ファンが見たら
実像に重なって見えてしまう部分が少なからずあると思う。
 
私自身は映画にしても舞台にしても役や作品は
個人とは切り離して見るタイプであるが、
本作に関しては良くも悪くもご本人に引っ張られて
それがストーリーへと入り込む妨げになってしまったようだ。
あくまでも見る側の私の問題なのだが、
これは監督の抱く堂本剛像なのか、堂本剛に演じてもらいたい沢田像なのか、
はたまた監督自身を投影した沢田像なのかが気になってしまった。
多分複合的なものでそこは大きな問題ではなく
単なる私の感じ方なので
見る人によっては当然ながらまったく違う世界が見えているだろう。
 
評価は自分がするものではなく他人がするものだから
作家にままならないことはおおいにある。
恐らく監督自身もそういう経験が多々おありなのだと思う。
実際、見た過去作からしても監督の作風自体がシュールで
ちょっと人をケムに巻くようなところがあるので
なおさら好みが分かれる傾向にありそうだし(私は概ね好きな部類に入るが)。
 
ガツンと主張するような伝え方とは違うアプローチで
アーティストあるいはクリエイターの創造性と商業性との乖離や評価の正当性、
そもそもアートに対する正しい評価とはなんぞや?みたいな皮肉は伝わってくる。
 
でも映画の一作品として見たとき、
主人公は無理繰り達観しているように見せているような風情だが
実は葛藤しているんだろうというのは
一般論としてよくある話だよなーと思ってしまったのと同時に、
(かなりざっくりな書き方だけど)どんな自分でも自分らしくいられればいい
というのはもっともらしいことではあるが
作品に対しての責任は結局まる投げか?!とも受け取れてしまい
作家としての主人公のやりたいことがボヤけて見えて
残念ながら私にはあまり刺さりませんでした。
コメディっぽくもありファンタジーっぽくもあるのも一因か?…。
 
比べることは意味のないこととはいえ
私自身のもの作りや今まで関わった作家さんや写真家の方々の影響が大きいからか、
個人的にはルックバックやブルーピリオドのほうが
泥臭くてみっともなくて強く心に残って共感してしまう。
 
そんな中、隣人役の綾野剛が期待を裏切らない曲者加減で
ジタバタしていてとても良かった。
手放しで「本作に共感した」と言えない自分は
沢田(堂本)より横山(綾野)タイプなのかも。
 
どちら側であろうと、ものを作るうえでの矜持や
何を信じて拠り所にしていくのかを考えさせられたこと自体は
監督の狙いに嵌ったと言えるのかもしれない。
 
何ものかになる必要はないが、
作り続けること描き続けることで
作家として何らかの答えを彼らが見つけたと信じたい。