Art Reportーアート鑑賞録ー

美術館・博物館・ギャラリーでの展示鑑賞録。

幸せではなくても外野が思うほど不幸でもないのかもと感じた「市子」

「市子」を見ました。
 
※多少のネタバレを含みます。
 
つつがない生活を送るために存在する守るべき法律やルール。
それを守るからこそ守られる私たち。
 
自分のせいではないのに
出生の届け出がきちんと行われなかったがために
夢を見ることから、幸せになることから
あと一歩というところまでいきながら
逃げざるを得なくなっていくのは見ていて本当に切ない。
子どもに背負わせるには重すぎる境遇です…。
普通だったら命を絶ちかねないほどに過酷だとも思います。
 
生きるために逃げるという道を選んだ市子。
切ないけれど、どんなことをしてでも生きるという強い意志は
人生に負けるとか勝つとか罪から逃げるということではなく
「私は私として生きる」「私は市子です」という
信念とでもいうのでしょうか。
 
あまりにも徹底していて
市子が生き延びるために選んだその道を
私は簡単に断罪することができません。
 
その市子を追う長谷川もまたきっと自分の出自については
あまり言いたくない境遇だったのかもしれないと想像します。
だからこそ市子のルーツを知らなくても
今、目の前にいる市子を受け入れたし
長谷川自身も市子にそうしてもらえることがうれしかったのでは。
「結婚」という結末を迎えることはできなかったけど
市子のうれし涙はけっして嘘ではなく
心からの幸せの感情の表れだったと思います。
そして納得はできないかもしれないけれど、
長谷川も心のどこかで彼女の「孤独」を
理解しているのではないかな。
(理解できてしまうからこそ苦しさも人一倍かもですが)

※引用:「市子」パンフレットより

 

舞台作品が原作ということで
視点による場面転換はなるほどと思いました。
でもこの構成は見ている側の集中が切れる恐れもあり
好き嫌いが分かれそうな気もします。
(私は舞台を見ることがまぁまぁあるのでそこまで気にはなりませんでした)
また、どの役も非常に難しい役どころで
キャストの皆さんは苦労されたのではないでしょうか。
特に主演のお二人は撮影以外のOFFのときでも期間中は
引きずってしまったのではないかと心配になるほど。
 
しかし行政の救済措置すらハードルが高くて受けられない場合
どうしたらいいんでしょうね…。
杓子定規でなく柔軟に対応することも必要な反面、
制度を悪用されないようにすることも大事だろうし悩ましいところです。
本作は決してその部分を改めろとか、
悲惨さを強調して訴えているわけではありません。
むしろ淡々と市子の現実を見せています。
その淡々とした作りが余計に
自分がその立場になっていたかもしれないとか
周囲に同様の境遇の人がいるかもしれないと
リアルに感じるのかもしれません。
 
最後、一本道を歩く市子の姿は
幸せとは言えないかもしれないけれど
私たちが思うほど不幸でもないのかもしれない。
そんな気さえする清々しさでした。