なぜか見終わるたびにすぐにまた見たくなり
結局3週間の間に4度鑑賞。
4度目の終盤近くになって
「あぁ、私、充分癒されたなぁ」という気持ちになるという
不思議な作品だった。
地方の町で木工所を営む哲郎は、ある日河辺で倒れていた見知らぬ青年を助け、自宅で介抱する。「シンイチ」と名乗った青年に、わずかに動揺する哲郎。偶然にもそれは、哲郎の亡くなった息子と同じ名前だった。シンイチはそのまま哲郎の家に住み着き、彼が経営する木工所で働くようになる。木工所の家庭的な温かさに触れ、寡黙だったシンイチは徐々に心を開きはじめる。シンイチに父親のような感情を抱き始める哲郎。互いに何かを埋め合うように、ふたりは親子のような関係を築いていく。
だがその頃、彼らの周りで、数年前に町でおきた事件にまつわる噂が流れ始める──。
映画「夜明け」公式サイトより引用
正直、初見の時にはこんなに全編にわたって
居心地が悪いのは初めてだと感じていた。
主人公が生活をすることになる
その世界で感じている居心地の悪さが
そのままこちらに伝わってくるようで。
しかしそれが嫌ではなかった。
そしてもう一つの特徴は
ストーリーが時系列に進んでいく以外に
説明がまったくないことだ。
例えば主人公のシンイチ(本当は光)の過去や
哲郎の過去など回想シーンは一切ない。
人物が関わっていく中で
段々と明かされていくのみである。
過去と現在を映像で行ったり来たりすれば
そうせざるを得なかった事情はわかりやすいし
エピソードとしても劇的だっただろう。
しかし抱える過去の痛みを今どう感じているかは
見せないことで、より鮮明になり
広瀬監督から"ただ生きる"ということすら
決して容易ではないことを
静かに語りかけられている気がした。
人との関わりの中でしか生きてはいかれないのはわかっているが
その関わりに対する恐れや躊躇。
心休まる場になるかと思えば
とある一線で潰されそうになる気持ち。
変えたくても変えられない過去と
それを抱えたまま進まなければならない
行く末への不安は
誰にでも身に覚えがあるはずだ。
しかし本作ではその不安に対する解は示されない。
残酷ではあるが、かえって私にはリアルに感じられた。
当然のことながら正解はないからだ。
哲郎のように歳を重ねたからといって
生き方がうまくなるわけでもない。
これが正解だという生き方など誰も教えてはくれないし
教えられるような生き方もできない。
だからせめて誰かのために何かをしたくなるのだろうか。
力になりたいと考えるのだろうか。
主演である柳楽優弥さんはここのところ
個性の強い役(どちらかというと破壊の方向で)が多かったが
弱々とした所在なさ、自信のなさを好演していた。
定まらない視線や
どうしていいかわからない手の置きどころ、
若干幼さを感じる声、
図らずも演じなければいけなくなってしまったシンイチ像への苦悩。
世話になることになった哲郎の家の洗面所で
顔を洗うシンイチが掛けてあるタオルを使わず
自分の袖で拭くところや
哲郎と宏美の結婚式のウェルカムボードを作るため
鑿を使う絆創膏だらけの手がとても良かった。
※本作で純粋にシンイチが誰かのために何かをしようとしたのは
このウェルカムボードが初めてだったのでは。
金髪は哲郎のためというより自分の居場所を作るためのように思える。
シンイチを演じる光を演じるという難しさに果敢に挑み
そしてその的確な演技にただただ引込まれた。
また受け止める哲郎役の小林薫さんの
最初の包容力から終盤へかけての
シンイチへの執着は
「あぁそれダメ。かえって追い詰めるー」と
心の中で叫んでいたくらいの痛々しさである。
このお二人だったからこそ
私はここまで魅かれたのだろう。
ラストは賛否もあるだろうが
海のシーンで終わらせず
さらなる前途多難を想像させ秀逸だと思う。
広瀬監督の今後への覚悟のようだった。
突然真っ暗になったスクリーンに
踏切で立ち止まった光の残像が
私には見えた。
転んでも立ち止まっても、
時には後ずさりしても
それでもきっと光は生きていくだろう。
シンイチから光へと
自分で自分の名前を取り戻したのだから。
さて、しかし、なぜ私は最後に癒されたと感じたのかな。
それはまだ謎のままである。。。
ゆっくりと作品の余韻を味わいながら考えてみたい。